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神戸地方裁判所 平成3年(ワ)1445号 判決

原告

堀口孝彰

ほか一名

被告

近畿エキスプレス株式会社

ほか三名

主文

一  被告近畿エキスプレス株式会社、被告小見山賀根雄、被告藤田孝は、原告堀孝彰に対し、連帯して金一三九四万〇八八二円及びこれに対する平成三年二月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告近畿エキスプレス株式会社、被告小見山賀根雄、被告藤田孝は、原告堀方子に対し、連帯して金一三九〇万〇一〇〇円及び内金一一四〇万〇一〇〇円に対する平成三年二月二日から支払済まで、内金二五〇万円に対する本判決確定の日の翌日から支払済まで、各年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告近畿エキスプレス株式会社、被告小見山賀根雄、被告藤田孝に対するその余の請求及び被告神都陸運有限会社に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告らと被告近畿エキスプレス株式会社、被告小見山賀根雄、被告藤田孝との間に生じた分は、これを四分し、その一を右被告らの負担とし、その余を原告らの負担とし、原告らと被告神都陸運有限会社との間に生じた分は、全部原告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告堀孝彰に対し、連帯して金五二〇九万二一七三円及びこれに対する平成三年二月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告堀方子に対し、連帯して金六二九六万一九四八円及び内金五三一五万一九四八円に対する平成三年二月二日から支払済まで、内金九八一万円に対する本判決確定の日の翌日から支払済まで、各年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故により死亡した堀孝義の相続人である原告ら(原告堀孝彰は子、原告堀方子は妻)が、被告近畿エキスプレス株式会社(以下「被告近畿エキスプレス」という。)に対しては自動車損害賠償保障法三条、民法七一五条に基づき、被告小見山賀根雄(以下「被告小見山」という。)に対しては民法七一五条二項に基づき、被告藤田孝(以下「被告藤田」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、被告神都陸運有限会社(以下「被告神都陸運」という。)に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を求める事案である。

二  争いのない事実

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時

平成三年二月二日午前一一時二分ころ

(二) 発生場所

神戸市中央区新港町四番地 神戸大橋上の道路

(三) 事故態様及び結果

訴外堀孝義運転の普通貨物自動車(神戸四〇み六二八五・軽四輪。以下「被害車」という。)が神戸大橋上を北進中、同車の左側後部に被告藤田運転の普通貨物自動車(神戸一一き八二五四・コンテナ牽引車。以下「加害車」という。)の右前部が左側面から衝突し、そのままの状態で加害車及び被害車が道路東側欄干に衝突して、被害車は加害車と右欄干との間に圧縮され、堀孝義が死亡した(即死)。

2  相続

堀孝義の相続人は、妻である原告堀方子と子である原告堀孝彰の両名である。

3  損害の填補

(一) 自動車損害賠償責任保険からの保険金二五〇〇万円を原告らそれぞれが金一二五〇万円ずつ受領し、それぞれの損害に充当した。

(二) 労働者災害補償保険法による遺族補償給付として、原告堀方子が、平成六年三月分から七月分までの遺族補償年金合計金六七万六五四二円を受領した。

(三) 同法による遺族特別支給金として、原告堀方子が、金三〇〇万円を受領した。

(四) 同法による遺族特別年金として、原告堀方子が、平成三年三月分から平成六年七月分まで、合計金一三一万〇一〇八円を受領した。

(五) 国民年金法による遺族基礎年金、厚生年金保険法による遺族厚生年金として、原告堀方子が、平成三年三月分から平成六年七月分まで、合計金四七〇万二一六三円を受領した。

(六) 原告堀方子は、訴外中央港運株式会社(以下「訴外会社」という。)から、平成五年六月一七日、労災上積補償金二二〇〇万円を受領した。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  被告藤田の過失

2  被告らの帰責事由

3  原告らに生じた損害

4  過失相殺

5  損害の填補として損害賠償額から控除する範囲及び順序

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1(被告藤田の過夫)について

(一) 原告らの主張

被告藤田は、平成三年二月二日午前一一時二分ころ、神戸大橋上の北行き一方通行四車線道路の第三車線を時速八〇ないし九〇キロメートルで加害車を運転して進行するに当たり、本件事故の発生場所に至る道路は最高速度が六〇キロメートル毎時と指定された下り勾配であつた上、当時進路右前方の第四車線上には車線通行不能を示す標識を掲げて路上清掃用車両が停止しており、そのため同車線上を走行中の各車両はそこに至る前に第三車線に進路変更しなければならない状況にあり、現に右前方の第四車線上を進行していた普通貨物自動車が右路上清掃用車両を避けるため左側第三車線に進路変更し、さらに同車に後続の被害車が自車右前方に自車よりも低速度で進行中であつたことを認め、右状況からすれば、被害車も先行する普通貨物自動車と同様に自車進路である第三車線前方に進路変更してくることが十分予測できたのであるから、自車が高速運転中であることも考え、進路変更してくる被害車に衝突したり衝突を避けるため無理なハンドル・ブレーキ操作をしたりすることのないように直ちに減速し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、自車が被害車を追い抜いてから後に同車が進路変更すると軽信し、漫然同一速度で進行した過失がある。

(二) 被告らの主張

被害車と原告ら主張の路上清掃用車両との距離は一〇〇メートル以上あつたから、被害車は直ちに車線変更をしなければならない状況にはなかつた。また、加害車と前方走行車両との車間距離は二五メートルしかなかつたから、被告藤田は被害車があえて危険な割り込みをしてくることは予測しえなかつた。

にもかかわらず、被害車が車線変更の合図もせず、また、左後方の安全も十分に確認しないままに急に車線変更をしてきたため、被告藤田は、自車に急ブレーキをかけるとともに左に急ハンドルをきつて、被害車との衝突を一応回避した。しかし、急ブレーキのために後輪にロツクがかかつた状態になつたので、同被告は、いつたんブレーキを解除したところ、自車が加速し、道路左側の欄干に激突する危険を感じた。そこで、同被告は、今度は、右に急ハンドルをきるとともに改めて急ブレーキをかけたところ、再び後輪にロツクがかかつた状態となつて走行の自由を失い、自車を右斜め前方に暴走させて、第三車線上で被害車の左側後部に側面から自車右前部を衝突させたものである。

以上の本件事故に至る経緯からすると、本件事故は、堀孝義の一方的過失によつて引き起こされたものであり、被告藤田には過失はない。

なお、神戸大橋の最高速度は六〇キロメートル毎時とされているが、信号も横断する道路もないため、通行車両のほとんどは時速約八〇キロメートルで走行しており、被告藤田もこの交通の流れにしたがつて走行していたものである。

2  争点4(過失相殺)について

(一) 被告らの主張

仮に被告藤田に何らかの過失があつたとしても、堀孝義には、車線変更の合図もせず、また、左後方の安全も十分に確認しないままに急に車線変更をしたという著しい過失がある。

したがつて、八〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。

(二) 原告らの主張

堀孝義に過失があるとの主張は争う。

3  争点5(損害の填補として損害賠償額から控除する範囲及び順序)について

(一) 被告らの主張

(1) 前記二3記載の原告らが既に受領した給付についてはもちろんのこと、将来原告らに支給される分についても、原告らの損害賠償額から控除すべきである。

(2) まず過失相殺をなし、その後の損害額から右控除がされるべきである。

(二) 原告らの主張

(1) 前記二3(一)の自動車損害賠償責任保険からの保険金以外については、損害賠償額から控除すべきではない。

(2) 仮に損害賠償額から控除すべきものがあるとしても、既に原告らが支給を受けたものだけを控除すべきであつて、将来の支給分までをも損害賠償額から控除すべきではない。

(3) 同(五)は、仮に損害賠償額から控除すべきであるとしても、原告堀方子が被告らから損害賠償を受けたときには、平成三年三月分から平成五年二月分までの二四月分に相当する金額がさかのぼつて支給停止となり、その後に支払われるべき年金において調整されるから、右二四月分に相当する金額は同原告の損害賠償額から控除すべきではない。

(4) 仮に過失相殺及び損害賠償額からの控除のいずれもがなされる場合には、同(一)を除き、過失相殺前の損害額から右控除がなされるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告藤田の過失)

1  甲第一五号証、乙第一号証、第四ないし第八号証、第一二号証、検乙第一号証の一ないし六、証人柴本康雄の証言、被告藤田の本人尋問の結果を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一) 本件事故の発生した神戸大橋は、自動車専用北行一方通行の四車線の道路であつて、その中央部が最も高く、中央部に至る南側は上り坂、中央部を過ぎた北側は下り坂(勾配一〇〇分の二)である。また、右道路の最高速度は六〇キロメートル毎時である。

本件事故の直前、被告藤田は、加害車を時速八〇ないし九〇キロメートルで運転し、神戸大橋の第三車線を北進していた。

なお、加害車は、「トレーラーヘツド」と呼ばれるコンテナ牽引車で、本件事故当時は、後ろにコンテナ車を牽引せず、単独で走行していた。そして、この状態では、相対的に走行が不安定で、特に急ブレーキをかけた場合には後車輪にロツクがかかりやすく、被告藤田も運転手としてこのことを認識していた。

(二) 被告藤田は、神戸大橋中央部を過ぎた時、右側第四車線の前方に、車線通行不能を示す黄色回転灯をつけた作業車が停止していることを認めた。

また、同被告は、これとほぼ同時に、右前方約四九・三メートルの第四車線上を進行していた普通貨物自動車が第三車線に進路変更したこと、第四車線には、右普通貨物自動車に続いて、自車の右前方約三〇・九メートルに被害車が自車よりも低速度で走行中であつたことを認めた。

なお、第三車線の加害車の前方には普通乗用自動車が走行しており、第四車線から第三車線に進路を変更してきた右普通貨物自動車は、右普通乗用自動車の前に進入したものである。

そして、被告藤田は、右道路状況を認識した上で、第四車線を走行中の被害車は、自車が被害車を追い抜いてから後に進路変更すると判断して、同一速度で第三車線を進行した。

(三) ところが、その直後、被害車が第三車線に進路変更をしようとしてきたため、被告藤田は、同車に約一九・五メートルにまで接近して衝突の危険を感じ、自車に急ブレーキをかけるとともに、左に急ハンドルをきつて、被害車との衝突を一応回避した。

しかし、急ブレーキのために後輪にロツクがかかつた状態になつたので、同被告は、いつたんブレーキを解除したところ、自車が加速し、道路左側の欄干に衝突する危険を感じた。そこで、同被告は、今度は、右に急ハンドルをきるとともに改めて急ブレーキをかけたところ、再び後輪にロツクがかかつた状態となつて走行の自由を失い、自車を右斜め前方に暴走させて、第三車線上で被害車の左側後部に側面から自車右前部を衝突させ、そのまま自車及び被害車を第四車線右側の欄干に衝突させ、被害車を自車と右欄干との間に圧縮した。

2  右認定事実を前提に、被告藤田の過失の有無を判断すると、1(一)で認められる具体的状況の下では、被告藤田は、第四車線を走行中の普通貨物自動車が第三車線に進路を変更したのを認識した時点で、被害車も、早晩、第三車線に進路変更してくることを充分予測することができたのであるから、自車が最高速度を超える速度で走行していたことともあいまつて、被害車の走行に応じて自車を安全に運転することができるように、直ちに減速すべき注意義務があつたことは明らかである。

にもかかわらず、右に認定したように、被告藤田は、自車が被害車を追い抜いてから後に同車は進路変更すると軽信して、高速においては走行が不安定な加害車を、最高速度をはるかに超えた速度のまま運転進行したのであるから、同被告の過失は優に肯定することができる。

二  争点2(被告らの帰責事由)

1  被告近畿エキスプレス

被告近畿エキスプレスが加害車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条に定める運行供用者であることは、当事者間に争いがない。

同被告は、同条ただし書きによる免責を主張するが、前述のとおり被告藤田に過失がなかつたとすることはできないから、右主張は失当であり、被告近畿エキスプレスは、原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

2  被告小見山

被告小見山が被告近畿エキスプレスの代表取締役であることは当事者間に争いがなく、甲第二〇号証、第二二号証の一、二、被告小見山の本人尋問の結果によると、同社の運転手の数は約二〇名であること、運転手の採用は被告小見山があたつていたこと、被告小見山は同社の業務全般について直接掌握していたことを認めることができる。

これによると、被告小見山は、被用者である被告藤田の選任・監督を現実に担当していたのであるから、同被告の行為について民法七一五条二項による責任を負うべきである。

3  被告藤田

前述のとおり、被告藤田には過失が認められるから、同被告は、民法七〇九条により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

4  被告神都陸運

本件事故当時、被告神都陸運が加害車を所有していたことは当事者間に争いがなく、乙第一六号証、第一八号証、被告小見山の本人尋問の結果によると、被告神都陸運はこれを被告近畿エキスプレスに賃貸して使用させていたこと、右賃貸借期間は二年間であること、検査費、修理費等の経費は被告近畿エキスプレスがすべて負担していたこと、加害車は被告近畿エクスプレスの営む陸上輸送業務に供されていたこと、加害車には被告近畿エキスプレスの社名のみが表示されていたことが認められる。

これによると、被告神都陸運は、加害車の所有者ではあるが、その運行を支配する立場にはなかつたと解されるから、自動車損害賠償保障法三条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当するとはいえない。

したがつて、被告神都陸運は、原告らの損害を賠償する責任はない。

三  争点3(原告らに生じた損害)

1  死亡による逸失利益(原告らの請求金九九一八万四三四六円)甲第一号証、第三号証、第五号証の一ないし一四によると、堀孝義は本件事故当時満三四歳であり、訴外会社に勤務していたこと、同人が訴外会社から平成二年分の給料、賞与として支払を受けた金額の合計は金四一五万四三七三円であつたことが認められる。

また、甲第四号証の二、三、五、第五号証の一ないし一六、第六号証の二ないし六、第七号証の一ないし一四、第八号証の一ないし一四、弁論の全趣旨によると、訴外会社の給与体系は、基本額に年齢による加算額及び職務、職能加給表による加算額を加えた基本給と、残業手当、休日手当、作業手当、特殊作業手当等のその他の手当とからなること、年二回支給される賞与の額は基本給の金額に一定の割合を乗じて算定され、その他の手当を全く含まないこと、堀孝義が平成二年分の給料、賞与として支払を受けた金額のうち、基本給にかかる金額は合計金三〇六万六〇〇〇円、その他の手当にかかる金額は合計金一〇八万八三七三円であること、堀孝義が死亡せずに訴外会社に勤め続けていた場合、平成三年から同五年まで同社から支払われたであろう基本給の月額(各年五月現在)は、別紙1の平成三年から同五年までに該当する「基本給合計」欄記載の金額にまで昇給した蓋然性が高いことを認めることができる(甲第六号証の二は、平成四年度職能給を二級三号該当として金五万八〇〇〇円とするが、甲第六号証の四によりこれを金五万六八〇〇円と認める。また、甲第六号証の二は、平成五年度の職能給を二級五号該当として算定するが、弁論の全趣旨より、これを二級四号該当として算定する。)。

そして、弁論の全趣旨によると、堀孝義が死亡せずに訴外会社に勤め続けていた場合、同社から支払われたであろうその他の手当にかかる金額は、一年間分を合計すれば大きな差は生じないことが認められるから、同人が訴外会社から給料及び賞与として支払を受ける金額は、別紙2(円未満切捨。以下同様。)のとおり、平成五年までは、控え目にみても、原告主張の金額までは増加する蓋然性が高いことを認めることができる。

なお、原告らは、平成六年以降も堀孝義が四八歳に達するまでは、同人の給料は毎年少なくとも五パーセントを下らない割合により昇給する蓋然性が高い旨主張するが、これを明確に認めるに足りる証拠はない。

したがつて、同人の死亡による逸失利益を算定するには、同人が満六七歳になるまでの三三年間、平成三年は金四三六万二〇九一円を、同四年は金四五八万〇一九六円を、同五年から同三五年までは金四八〇万九二〇六円をそれぞれ上回る収入を得る蓋然性が高いものとして、これを基準に生活費割合として三〇パーセントを控除した上、中間利息の控除につきホフマン方式によるのが相当である。

そして、これを算定すると、同人の死亡による逸失利益は、別紙3のとおり、金六四一三万六二七六円となる。

2  葬儀費用(原告堀方子の請求金一〇五万九七七五円)

甲第二号証の一ないし九、第一二号証、弁論の全趣旨によると、原告堀方子が堀孝義の葬儀費用として金一〇五万九七七五円を支出したことが認められ、右支出は、堀孝義の年齢、職業等からして、相当な損害であるとすることができる。

3  慰謝料(原告らの請求各金一五〇〇万円)

本件事故の態様、結果、堀孝義の年齢及び家庭環境等、本件に現れた諸事情を考慮すると、同人が死亡したことにより原告らの被つた精神的苦痛を慰謝するには、各金一二〇〇万円が相当である。

4  合計

前述のとおり、堀孝義の相続人は原告ら二名であり、堀孝義の死亡による逸失利益を原告らが各二分の一ずつ相続したから、原告堀孝彰の損害は金四四〇六万八一三八円(1の二分の一及び3の合計額)、原告堀方子の損害は金四五一二万七九一三円(1の二分の一及び2、3の合計額)である。

四  争点4(過失相殺)

車両は、進路を変更した場合にその変更した後の進路と同一の進路を後方から進行してくる車両等の速度又は方向を急に変更させることとなるおそれがあるときは、進路を変更してはならないとされているところ(道路交通法二六条の二第二項)、前記認定によれば、堀孝義は、本件事故当時、同人進行車線の前方が通行不能であつたため進路変更が必要であつたが、少なくとも後方の安全を十分に確かめないで進路変更した重大な過失があるといわざるをえない。

そして、本件に現れた一切の事情を斟酌して被告藤田の過失と堀孝義の過失とを対比すると、その割合は、同被告が六〇パーセント、堀孝義が四〇パーセントとみるのが相当である。

五  争点5(損益相殺の範囲及び順序)

1  被害者が不法行為によつて死亡し、その損害賠償請求権を取得した相続人がその不法行為と同一の原因によつて利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を相続人が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによつて損益相殺的な調整を図る必要がある。

そして、損害と利益との間に同質性があるか否かを判断するにあたつては、当該給付と損害賠償制度との間に、被害者への重複填補を排除するとともに加害者が損害填補の負担を免れる不合理を避けるための調整規定が設けられているかどうか、費用の負担者及び負担の割合がどのように定められているか等の諸点を総合的に考慮した上で、当該給付が本来損害の填補を目的としているかどうかについての検討をする必要がある。

2  以上の基準により、原告らの受けた利益のそれぞれにつき、損害賠償の額から控除することが必要か否かについて判断する。

(一) 自動車損害賠償責任保険からの保険金として原告らそれぞれが受領した各金一二五〇万円は、制度の趣旨から、原告らに生じた損害を填補するものであることは明らかである。

(二) 労働者災害補償保険法による遺族補償年金は、同法の定める保険給付の一つであり(同法七条一項一号、一二条の八第一項四号、一六条)、政府は、給付の原因である事故が第三者の行為によつて生じた場合において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する(同法一二条の四第一項)。

したがつて、同法による遺族補償年金は、死亡した労働者の損害の填補をも目的としているものと解され、原告堀方子の受ける給付を同人の損害賠償の額から控除する必要がある。

ところで、被告らは、原告堀方子が将来にわたつて取得する遺族補償年金の額も同人の損害賠償の額から控除すべきであると主張する。しかし、このような場合、原告堀方子が遺族補償給付請求権を取得したということだけでは、これによつて同人に生じた損害が現実に填補されたものということはできず、損害賠償の額から控除することが許されるのは、当該遺族補償給付請求権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られると解される(最高裁昭和六三年(オ)第一七四九号平成五年三月二四日大法廷判決・民集四七巻四号三〇三九頁参照)。

そして、同法一六条の四によると、遺族補償年金の受給者に婚姻あるいは死亡等の事由が発生した場合、遺族補償年金の受給権の喪失が予定されているのであるから、既に支給を受けることが確定した遺族補償年金については、現実に履行された場合と同視し得る程度にその存続が確実であるということができるけれども、支給を受けることがいまだ確定していない遺族補償年金については、右の程度にその存続が確実であるということはできない。

なお、同法九条一項、三項によると、年金たる保険給付の支給は、支給すべき事由が生じた月の翌月から始め、支給を受ける権利が消滅した月で終わるとされており、また、毎年二月、五月、八月及び一一月に、それぞれその前月分までを支給するものとされているから、原告堀方子において遺族補償年金の受給権の喪失事由が発生した旨の主張のない本件においては、口頭弁論終結の日である平成六年九月二七日現在で、原告堀方子が同年九月分までの遺族補償年金の支給を受けることが確定していたものである。

したがつて、原告堀方子が認める平成六年三月分から七月分までの遺族補償年金六七万六五四二円並びに弁論の全趣旨によつて認められる同年八月分及び九月分の遺族補償年金二七万〇六一六円の合計金九四万七一五八円が、原告堀方子の損害賠償額から控除されるべきである。

(三) 労働者災害補償保険法による遺族特別支給金及び遺族特別年金は、同法二三条一項の労働福祉事業として、労働者災害補償保険特別支給金支給規則五条、九条に基づいて原告らに支払われたものである。

そして、右各金員は、損害賠償制度との間に調整規定も設けられておらず、損害の填補を目的として給付されたものではなく、もつぱら労働者の遺族の援護及び福祉の増進を目的として給付されたものと解されるから、原告堀方子に生じた損害から右各金員を控除すべき理由はない。

(四) 国民年金法二二条、厚生年金保険法四〇条は、事故が第三者の行為によつて生じた場合において、受給権者に対し、政府が先に保険給付をしたときは受給権者の第三者に対する損害賠償請求権はその価額の限度で当然国に移転し、これに対して、第三者が先に損害の賠償をしたときは政府はその価額の限度で保険給付をしないことができる旨を定め、受給権者に対する第三者の損害賠償義務と政府の保険給付の義務とが相互補完の関係にあり、同一事由による損害の二重填補を認めるものではない趣旨を明らかにしている。

したがつて、国民年金法による遺族基礎年金、厚生年金保険法による遺族厚生年金は、死亡した被保険者の損害の填補をも目的としているものと解され、原告堀方子の受ける給付を同人の損害賠償の額から控除する必要がある。

そして、前記(二)で述べたとおり、損害賠償の額から控除することが許されるのは、当該遺族基礎年金請求権及び遺族厚生年金請求権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られるところ、国民年金法四〇条、一八条、厚生年金保険法六三条、三六条の規定により、原告堀方子において遺族基礎年金及び遺族厚生年金の受給権の喪失事由が発生した旨の主張のない本件においては、口頭弁論終結の日である平成六年九月二七日現在で、原告堀方子が同年九月分までの右各年金の支給を受けることが確定していたものというべきである。

ただし、甲第一六号証の一ないし三、第一七号証によると、平成三年三月分から平成五年二月分までの二四月分は、すでに原告堀方子に支給されているものの、同原告が被告らから損害賠償を受けることによつて、将来の保険給付の支払において調整され、結果として、この期間に該当する分は支給されないことになることが認められる。

したがつて、原告堀方子が認める平成五年三月分から平成六年七月分までの右各年金の合算額金一九九万二四三九円並びに弁論の全趣旨によつて認められる同年八月分及び九月分の右各年金の合算額金二三万七〇五〇円、以上合計金二二二万九四八九円が、原告堀方子の損害賠償額から控除されるべきである。

(五) 神戸船内荷役協会と神戸港船内荷役労働組合協議会との間で、いわゆる労使間の協定の一つとして、業務上災害死亡及び傷害補償金に関する協定書(乙第二〇号証)が締結され、右協定書に基づき、神戸船内荷役協会に属する訴外会社が、原告堀方子に対し、労災上積補償金二二〇〇万円を支払つたことについては当事者間に争いがない。

そして、乙第二〇号証によると、右協定書は、発生の原因が第三者加害行為による場合、第三者より補償等を受けた場合は、業務上災害補償金を支給しないとする規定はあるものの(第五条)、先に業務上災害補償金が支給された場合に、使用者が加害者に対して損害賠償請求権を代位して取得する旨の規定はなく、また、発生の原因が当該死亡者又は当該障害者の故意又は重大な過失による場合にも、なお、業務上災害補償金が支払われることもありうる(第三条)と定めていることが認められる。

これに、本件事故に対して、神戸船内荷役協会及び訴外会社は、右協定書に定める災害補償金を法律上当然に支払う義務があるわけではなく、あくまでも、労使間の協定の一つとして右金員が支払われていることを併せ考えると、右協定書により原告堀方子に支払われた金員は、損害の填補を目的としているものではなく、もつぱら広い意味での労務対策の一環として支払われたものであると解されるから、原告堀方子に生じた損害から右金員を控除すべきではない。

(六) 以上によると、原告堀孝彰の損害から控除すべき金額は、自動車損害賠償責任保険からの保険金一二五〇万円であり、原告堀方子の損害から控除すべき金額は、右保険金一二五〇万円、労働者災害補償保険法による遺族補償年金九四万七一五八円、国民年金法による遺族基礎年金及び厚生年金保険法による遺族厚生年金の小計金二二二万九四八九円、以上合計金一五六七万六六四七円である。

3  過失相殺との先後関係

以上の損害額からの控除と過失相殺による減額との先後関係については、まず、原告らに生じた損害の額から過失割合による減額をし、ついで、その残額から前述の損害填補額を控除するのが相当である(最高裁昭和六三年(オ)第四六二号平成元年四月一一日第三小法廷判決・民集四三巻四号二〇九頁参照)。

六  被告らの支払うべき金額

1  原告らの損害

前述のとおり、原告堀孝彰の損害は金四四〇六万八一三八円、原告堀方子の損害は金四五一二万七九一三円である。

2  過失相殺

前述のとおり、原告らの損害から過失相殺としてその四〇パーセントを控除するのが相当であり、これを控除した後の金額は、次の計算式により、原告堀孝彰につき金二六四四万〇八八二円、原告堀方子につき金二七〇七万六七四七円である。

計算式 原告堀孝彰 44,068,138×0.6=26,440,882

原告堀方子 45,127,913×0.6=27,076,747

3  損害額からの控除

前述のとおり、右過失相殺後に、原告らの受けた損害填補額として、原告堀孝彰の損害から金一二五〇万円を、原告堀方子の損害から金一五六七万六六四七円をそれぞれ控除すると、その残額は、原告堀孝彰につき金一三九四万〇八八二円、原告堀方子につき金一一四〇万〇一〇〇円である。

4  弁護士費用(原告堀方子の請求金九八一万円)

原告らが本訴訟遂行のために弁護士に委任したことは明らかであるところ、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、原告堀孝彰分も含め、本件事故と相当因果関係のある原告堀方子の弁護士費用としては、金二五〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

よつて、原告らの請求は、主文第一項及び第二項記載の限りにおいて理由があるからその範囲で認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 横田勝年 永吉孝夫 武田義德)

別紙1別紙2

・平成3年

原告の主張金額 4,362,091

試算金額 3,066,000×218,100/201,800+1,088,373=4,402,023

・平成4年

原告の主張金額 4,580,196

試算金額 3,066,000×234,300/201,800+1,088,373=4,648,153

・平成5年

原告の主張金額 4,809,206

試算金額 3,066,000×246,800/201,800+1,088,373=4,838,069

(注) 各年の試算金額は次の計算式による。

(平成2年分年基本給合計年額)×(当該年基本総合計月額)/(平成2年基本給合計月額)+(平成2年その他の手当合計年額)

別紙3

・平成3年

4,362,091×0.7×1/1.05=2,908,060

・平成4年

4,580,196×0.7×1/1.1=2,914,670

・平成5年から平成35年まで

4,809,206×0.7×(19.183-1.861)=58,313,546

・合計

2,908,060+2,914,670+58,313,546=64,136,276

(注) 33年間のホフマン係数が19.183

2年間のホフマン係数が1.861

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